2009年10月10日

そんなに高く評価すべきものだろうか

笑っちゃいけないんでしょうけど、やっぱり笑えます。

もっとも、ノーベル賞に関しては、その選考に疑問が残ることは多々ありますから、今更の感はぬぐえません。

よくとれば、一番けんか早い奴に、平和でいろよと釘を刺したともとれるし、核兵器を大量に持ってる奴に、廃絶と言った以上、きちんとやれよと言ったのかもしれない。

だが、逆にこのメッセージが世界の核管理や平和維持はアメリカの役目だなんていう風にアメリカがお墨付きを受けたなんてとらえれば、逆効果になるかもしれない。

たしかにアメリカだけが突出した軍事力と突出した核保有国で、他を威嚇し、あるいは軍事力で他の軍事力を排除してしまえば、管理すべき軍事力がアメリカ一国となり、アメリカを信じることができれば、世界の平和管理は容易になります。

軍事力や核に関して、現在、もっとも危険なのはそれらが拡散していることで、包括的に管理することがむずかしいの一語に尽きることです。

例えば、日本での銃器犯罪がアメリカや日本以外の多くの国に比べて極端に少ないのは
国内にある銃器の数が圧倒的に少なく、国によって管理されない銃器の数がアメリカなどに比べれば数桁も少ない点にあります。

世界平和を言うなら、核兵器の縮小はもちろんですが、核に関してはリスクは高くとも、使用するとなると世界を敵に回すことになり、相当な決断が必要でしょう。

平和に関して言うなら、今現在行われている戦争や紛争のほぼすべては通常兵器によるもので、通常兵器の削減なくして、平和など絵に描いた餅でしょう。

しかも、アメリカは中国、ロシアと並ぶ武器の輸出国であり、それが、通常兵器の拡散につながっており、もっとも大きな平和への脅威だと気がつかないところに、スエーデン、ノルウェイ自体が武器輸出国であることから麻痺した感覚なんじゃないかと思います。

だいたい、今のノーベル平和賞なんて、ノーベル自身がおこがましいと思っていないかと思うくらいです。

ノーベル賞はノーベルが軍事にも活用できるダイナマイトを開発し、これが軍事にも革命を起こし、彼の意図とは別に戦争に使われることで多くの人命を奪ったことに対する贖罪の意味から生まれてと聞いています。

過去の受賞者を見れば、けっして選考が正しかった言えるものばかりではない。

戦争当事者が平和賞を受けるなんて、ばかげたことだって起きている。例えばベトナム戦争のある意味遂行者であったキッシンジャーや、日本に開戦を決断させる結果となったハルノートで有名なコーデル・ハル、ソ連の原爆の父サハロフ、ただ北朝鮮に行っただけで、その後に膨大な裏金を渡し、結果的に北朝鮮に核兵器を作らせてしまった金大中とか、

ノーベル賞を過大評価すべきではないと思います。千葉で婚活




Posted by ユウスケ  at 11:37